岐阜県民である私達にとって島根県は、距離的にも精神的にも決して近い県ではありません。まして島根県の本州部分ではない離島である隠岐諸島についての知識は、歴史の教科書にある「1221年に後鳥羽上皇が承久の乱によって隠岐へ流された」ことくらいしかありませんでした。そんな隠岐諸島の海士町(あまちょう)から明日成にオファーがあったのは、平成21年初夏のことでした。 |
隠岐諸島は約180の島々からなる諸島ですが、人が住んでいる島は4島のみです。最も大きい島が、島後島(どうごとう)<隠岐の島町>の人口約16,000人で、最も小さい島が、知夫里島(ちぶりじま)<知夫村>の人口約570人です。二番目に小さな島が中ノ島で、全域が海士町となっており、人口は約2,400人です。海士町の高齢化率は39%という驚くべき数字で、島民の約40%は65歳以上の高齢者です。小泉改革の一端を担う「平成の大合併」の真意は、地方に対する財政支援を縮小するものでしたが、その影響をもろに受け数年後には夕張のように財政破綻は免れないと言われた町が海士町だったのです。超過疎化の進むたった2,400人の人口で、しかも離島という悪条件のなか、平成16年3月に全島民をあげた再建プログラム「海士町自立促進プラン」が策定されました。 |
そのプログラムのなかに「島前(どうぜん)高校の魅力化プロジェクト」というものがありました。海士町にある島根県立隠岐島前高校は、少子化の影響を受け約10 年間で入学者数が77人(平成9年)から 28人(平成20年)に激減しており、統廃合の危機が迫ってきておりました。島に高校がなくなると、当然島民の子どもは15 歳で島外に出ざるを得なくなります。 その金銭的負担(子ども一人につき、3年間で500万円程度)や家族の心配などから子どもの高校進学を機に家族全員で島外に移り住む家が増加する事態が危惧されました。 |
「島前高校」を魅力ある高校(むしろ島外の生徒が受験したくなるような)にして入学者を増やし統廃合を阻止することで、更なる高齢化や島民の流出を抑制しようというプログラムが「島前高校の魅力化プロジェクト」なのです。その具体策が「隠岐学習センター」という町立の学習塾の設置でした。しかし、大学入試の知識や学習塾のノウハウ等一切ない海士町において、何から始めて良いかも分からない状況のなか、「何とか力を貸して欲しい」というオファーが明日成に届いたのでした。 |
「島前高校の魅力化プロジェクト」の中心人物である豊田氏が大学の先輩に相談したところからのご縁でした。明日成代表の辻良路が、学習センター開設までの細かな指導や授業形態のアドバイス、又開設してからの運用面の指導にあたり、明日成の講師である「伊藤努」が、平成22年3月より派遣講師として直接島前高校の生徒に指導をしております。 |
豊田氏は、50以上の全国の学習塾に話をしたそうです。そのなかには明日成よりずっと大きい規模の学習塾もあったそうですが、「アドバイスはする。」「情報は送ります。」というものばかりで、本格的に講師を派遣するような真剣な対応は他に無かったと言います。海士町での出来事は、他のどんな学習塾にとってもまさに「対岸の火事」です。経営的なメリットを感じなかったからこそ、上記のような対応だったのだと思います。しかし明日成では、経営的なメリットよりも「ご縁」を大切にしたいとの想いからこのオファーを快諾致しました。現地で派遣講師として頑張っている「伊藤努」の隠岐からのブログも是非ご参照ください。 |